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The Mainichi Medical Journal Information Column

鉄蕉会 亀田ファミリークリニック館山院長
家庭医診療科
岡田 唯男
家庭医(米国家庭医療学会認定専門医)。 Faculty
(指導医養成者の育成)。公衆衛生学修士。
Developer
普段は家庭医の育成と家庭医療の実践、週末は指導
医の育成。東海大学客員准教授、東京医科歯科大学
臨床准教授、WONCA アジア太平洋地区運営委員。

唐突だが、
「ボクシング選手
(アマを含む)
の試合前医師 針やアルコール綿、煮沸消毒器や、HIV やウイルス性肝炎
チェック
(pre-participation physical)
もしくは、リングサ などの検査を無料で提供する社会的活動のことである。思
イドドクターとして手伝ってほしい
(報酬あり)
」といわれ 春期の性教育として
「セックスはダメ」
という教育をする
たらどうしますか? 医師として能力的に問題がないとす か、
「コンドームや適切な避妊をしましょう」という教育
れば
(家庭医はある程度のスポーツ医学もカバーする)
ど をするか、というのに似ている。
「禁止すべきものは禁止
うだろうか。 すべき
(北風政策)
」 「禁止してもやるのだから、せめて
vs
前知識がなければ、私も何の気なしに受けていたかも できるだけ安全に管理を
(太陽政策)
」だ。
しれない。しかし、数年前にこの話を持ちかけてきた同 SEP では、IVDU の間での HIV 感染、伝播の大幅な減少、
僚は、前置きをつけた。「海外では禁止されているけれ 薬物依存からの回復者が増えるなどの効果があったとされ
ど……」
と。 る。太陽政策の勝利である。
世界医師会も英国医師会も 30 年も前から「ボクシング 話を現実的な、脳卒中、心筋梗塞もしくはその手前の
は完全に禁止されるべきだ」
という見解である。理由は、 糖尿病、肥満、脂質異常症に向けよう。そのような結果
他のスポーツと違い、相手に意図的にダメージを与える に至るのは何十年もの食習慣、運動習慣、喫煙のせいな
ことが目的で、不必要な死亡や脳障害を起こすから―― のだから自己責任だと、診療しない医師はいるだろうか。
としている。科学的な根拠は検証の上である。英国医師 お酒のやめられない肝硬変の患者さんは? 診療は拒否し
会では最近の総合格闘技も同様に
「人間闘鶏」
であるとし ないとしても、 「自分で体をつぶしているじゃないか」 と考
て、これらの競技(興行?)
によって多額の賞金や興行収 える医師は少なからずいるのでは。しかし、彼らは本当
入が得られるが、どれだけのお金でも非可逆性の脳障害 に自己選択としてその生活を選んだといえるのだろうか。
や死亡には代えられないとしている。世界医師会は完全 サラダを買うよりもファストフードのセットのほうが安い
に禁止されるまでは、各国の医師会が、ボクシングの害 という現実で、今日明日の食べ物に困る貧困層に自由選
を最小限にする策を講ずるべきとしている。 択権はあったのか。タバコやお酒を始める青年たちは、そ
反論としては
「禁止すると地下に潜行し、より危険な状 の後どうなるかを 「本当の意味で」 知っていたのか?
況で実施される」
「ボクシングがなければ、ギャングに入っ そこに 「一抹の疑い」 がのこる限り、いや仮に本当の自
て人生を台無しにしたかもしれない貧困層の子供たちはど 由意思でそのライフスタイルを選択したとしても、 「せめ
うする」
「医療スタッフがリングサイドにいて、すぐに対応 てできるだけ安全に人生を過ごしてほしい」 ――そんな思
をするから」
――などがあるが、それらに対して、児玉聡 いで患者さんと向き合っているのだが、ここまで書いたと
氏が倫理学から明確にその正当性を棄却している。 ころで、件のボクシングの話を当時は断ったものの、本
彼の議論の中で最も文面を費やしているのが、
「自業自 当にそれでよかったのか心配になってしまった。
得」論(曰く、自由主義的同意論)である。名プロレスラ
ー・三沢光晴氏の、リング上での最近の死亡例も思い出さ 参考
1.The World Medical Association Statement on Boxing
れる。
「彼も本望に違いない
(自由主義的同意論)
」で片付
2005. http://www.wma.net/e/policy/b6.htm
けてよいのだろうか。 2.Boxing - the BMA's position. January 16, 2009.
皆さんにも、当事者としてボクシング関連の医師の仕 http://www.bma.org.uk/health_promotion_ethics/sports_
exercise/BoxingPU.jsp
事を引き受けるかどうか聞いてみたいが、私がこの話を 3.「ボクシング存廃論」2003. 児玉 聡.
持ち出したのは、この先の議論のためである。 http://plaza.umin.ac.jp/~kodama/appliedethics/boxing.html
(もしくは Syringe)
Needle Exchange Program(SEP)を 4.Dolan, K, et al. Needle and Syringe Programs: A Review of
the Evidence. Australian Government Department of Health
ご存じであろうか。静注の麻薬常習者( IVDU:IV drug and Aging, Canberra 2005. http://www.health.gov.au/ inter-
users)に対して、針の使い回しは危険だからと、清潔な net/main/publishing.nsf/Content/phd-needle-syringe-kit-cnt.htm

573 September 2009 Vol.5 No.9

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